大学生の内にやるべきことの答えとは

何というか、今から書くことは実際今も本当の意味で出来てないと思う。
そして、当時大学生を迎える自分に向けての言葉である。

現状出来ていない中での言葉である。説得力なんて欠片もない。

それでも、そんな言葉だからこそ、もしかしたら何かあるのかもしれない。

そんな考えを持ったうえで、今から書いていく。


「大学生は自由だ、だから自分で取捨選択しなければならない」
「大学生の内に遊んでおいた方が良い」
「大学生の内に勉強しておいた方が良い」
「大学生の内に就職活動で言えるような事をやった方が良い」
「大学生は社会人になる前段階みたいなものだ」

多くの人から「大学生」から始まる実に様々な言葉を聞いた。

そして、「大学生」を抜けた先にあった「社会人」も11ヶ月程経験した。
客観的に見れば短い期間だろう。

以上を踏まえて「大学生」を迎える自分に言いたいことは、具体的な言葉としては沢山ある。
後悔という二文字で言うのも簡単である。

それでもそのうえで、一言だけ当時の自分に掛けるなら、

「今現在の自分の状況についてよく観察しろ」

である。

これを書いている今、思い浮かんでいるのは携帯料金だ。
あくまで単なる1つの例に過ぎない。

当時の毎月の携帯料金は8,000円前後。
今の自分の感覚からいっても決して安くはない金額である。

しかし、卒業まで律儀に払い続けていた。
書いている今、計算することすら怖い。

8,000円を毎月4年間払い続けるといくらになるか。

384,000円だ。

別に8,000円を払い続けた事自体が悪いことではない。

悪いのは、考える事を放棄していた事だ。

調べなかったことだ。

自身が納得して選んだ決断ではないことだ。

当時の出費からしても痛い額である。今でも余程の事がない限り8,000円なんて払いたくない。

そんな額にも関わらず、当時は

「そんな暇があるなら課題をやらなければ」

「携帯料金なんてそんなものだ」

とか理由を付けてそういったことから目を背けていた。

考える事を放棄していた。

正当化させていた。

問題に少しでも目を向けて調べてさえいれば、「2年縛り」とか巷でよく聞くそういう単語にも引っかかったことだろう。
最終的には、「格安SIM」という選択肢にも辿り着いていただろう。

何より、このまま現状の状態を継続するか、別の選択肢を自分で考え、選ぶことが出来ただろう。

先日、上野千鶴子さんが東大入学式の祝辞でこう仰っていた。

大学で学ぶ価値とは、すでにある知を身につけることではなく、これまで誰も見たことのない知を生み出すための知を身に付けることだと、わたしは確信しています。
知を生み出す知を、メタ知識といいます。そのメタ知識を学生に身につけてもらうことこそが、大学の使命です。

ここで初めて「メタ知識」という言葉を知った。

一言で言って、衝撃だった。

今の自分が大事だと思っていたぼんやりとしたイメージが、はっきりと言葉として表されていたからだ。

当時の私はどうだっただろうか。

メタ知識を自身で調べることもせず、探しもせず、何も根拠に基づいた決断なんかしていなかった。

「大学生は」という言葉に惑わされるな。
外野から言うのは簡単だ。流されるのも簡単だ。

何より楽だ。

決めるのは自分。最終的に責任を負うのも自分。
いくら環境に恵まれていようと、それだけは事実だ。

誰だって後悔はする。問題は自分の意志で決めたことかどうかだ。

言葉にしてしまえばなんてことはない。当たり前の事だ。

そして、最後にもう一度当時の自分に言うとすれば、

これまでに私が書いてきた事も鵜呑みにするな。疑ってくれ。